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例によってまとめサイトを。
ドワンゴによる初音ミクオリジナル曲登録問題まとめwiki(*)

このブログ的には取り上げないわけにはいくまいというか、すいませんまだあまり把握していないんですが、音楽を扱うための権利関係というのはなんでこんなにややこしいのだろうね。

んで、法的な意味での権利云々はぐぐれば分かるし、誰が悪いとかは分かんないので、ささっと言いたいことだけ。どうせそのうち着地するんでしょうし。

ミク職人の人たちは騒動に巻き込まれちゃって災難だと思う。権利の所在をはっきりさせるというのは、本来は彼らの活動を守るためという理想のもとにあるわけよね。このような騒動がモチベーションの低下を招くとしたら悲しいことだ。ミソがついたニコ動はクリエイターに見切りをつけられてしまうのだろうか。

以下、日ごろの妄想など。

(例えば)DTMのように一気にマスターまで作れるということは、分業で楽曲を作りあげるという伝統的な手法によるものとは状況が明らかに異なるだろう。アーティストが実は楽曲全体の著作の一部しか権利を持たず(分業なので)、配信方法やら二次著作に口出しできない、コントロールできない状況ならともかく、DTMを使って少人数でほぼ全ての作業をしたような楽曲なら、当然のごとく、意向を反映させるというかコントロールしたくなると思う。

そういう想いへの対応は曖昧というかグレーというか野暮というか慣例というか、ネガティブな状態にみえるんで、面倒なんで突き詰めたくないのかもしれない。楽曲を登録するときに配信や二次著作などのライセンスに段階を設定しておいて近いものを選ぶ、みたいなことになれば聞き手としても心構え(?)ができていいのに。つうか、新しくて説得力のある仕事をしないで杓子定規なことばかりやってるからJASRACはカスラックなどと揶揄されるのだと思うのだが。ライセンスがシンプルで作り手にも聞き手にも利用しやすいものになれば値段も洋楽レベルになったり、新旧の楽曲が流通しやすくなったり、活気が出て双方ハッピーになるはずだ。

音楽だってビジネスとの相乗効果でこうして存在感を得ているわけで、商売っ気や価値あるものに値段をつけることを私は否定しない。個人には不可能なプロジェクトが大きな予算によって可能になることもあるだろう。資本主義とはそういうものだろうし。

守るのは楽曲の権利なのか、楽曲で儲けるための利権構造なのか知らんけど、そもそもなんのために楽曲を管理するのかという、根本的な立ち位置の不一致が混乱を招くのではないか。「(JASRACに)登録されたら終了」のような雰囲気はどうかしている。こうした騒動は、いつもそこに起因するのではなかろうか。

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